銘柄研究:2025/2/13(水)三井E&Sの3Q決算を受けて・・・今後の展開についての個人的見解まとめ

三井E&S(旧・三井造船)は、日本を代表する総合重工企業の一角として長年にわたり造船・プラント・エンジニアリング・機械など多角的な事業を展開してきました。

しかし近年、造船部門の切り離しや大型プラント案件の採算悪化による巨額損失を機に、大規模な構造改革を断行。その結果、港湾クレーンや舶用エンジン、社会インフラ機械といった機械部門への集中を進め、同時に三井海洋開発(MODEC)株の大規模売却によって財務体質を大幅に改善しました。

この記事では、三井E&Sが進めるアメリカ港湾向けクレーン事業の拡大路線を中心に、従来の構造改革と株式売却による財務への影響、さらには2025年3月期 第3四半期決算の最新情報をまとめてみました。

目次

1. 三井E&Sの事業構造と構造改革の背景

1.1. 造船・プラント事業からの転換

かつて「三井造船」として知られた同社は、造船・大型プラントを中心に事業を展開していました。しかし、世界的な造船不況やインドネシア発電プラント工事の巨額損失を契機に財務が悪化。2020年前後には数百億円規模の最終赤字を計上し、経営改革が喫緊の課題となりました。

そこで同社は、造船事業をグループ外へ移管し、社名を「三井E&Sホールディングス」に変更。さらにプラント部門や不採算事業を大幅に縮小し、コア事業として残したのが港湾クレーン(物流システム)や舶用エンジンなどの機械分野でした。並行して、保有資産の見直し(とりわけ投資有価証券の売却)を進めることで財務体質改善を図ってきたのです。

1.2. 港湾クレーンと舶用エンジンが新たな柱に

こうした再編により、三井E&Sの主要収益源は以下の2事業へシフトしました。

  1. 港湾クレーン事業(物流システム)
    ガントリークレーンやRTG、STSクレーンなどを手掛ける分野で、世界的なシェアを誇るZPMC(中国)に対抗する有力メーカーの一角。近年はアメリカ市場での需要拡大を追い風とし、安全保障リスク回避を背景に欧米メーカーへの引き合いが増えています。
  2. 舶用エンジン事業
    LNGやアンモニア燃料対応など、脱炭素需要に応える次世代エンジン開発に注力。世界初の大型低速アンモニア二元燃料エンジン試験運転を進めるなど、環境規制強化に対応した高付加価値製品で収益向上を図っています。

2. アメリカ港湾クレーン事業の拡大──米国インフラ投資と地政学リスクが追い風

2.1. 米国での港湾クレーン需要急拡大

(1) インフラ投資法とBuy America要件

バイデン政権下で2021年末に成立した「インフラ投資法(Infrastructure Investment and Jobs Act)」により、今後5年間で総額約1兆ドル規模のインフラ投資が見込まれ、その一部(200~300億ドル相当)が港湾施設整備に振り向けられるとされています。また「Buy America法(BABA法)」により、公共インフラ関連機器の国内調達比率を高めるよう求められており、中国製クレーン回避の動きがさらに強まっています。

(2) 中国製クレーンのセキュリティリスク

世界的シェアトップの中国ZPMCは、低価格かつ大量納品を武器に拡大してきました。しかし、2023年以降、米国政府やメディアが「中国製クレーンが港湾運営情報を収集する恐れがある」と警鐘を鳴らし、安全保障上のリスクとして認識されるようになっています。結果、非中国製クレーンへのリプレース需要が急伸中です。

2.2. 米国での“港湾クレーンハッキング事件”

2021年頃に米国南部の主要港でクレーン操作システムを狙ったサイバー攻撃未遂が報道され、港湾当局やFBIが調査を行いました。被害は限定的だったものの、中国製クレーンの制御ソフトにバックドアが潜むリスクなどが改めて注目を集めました。これが、アメリカ国内での「中国製クレーン=安全保障上好ましくない」という認識を一段と強め、国産・日欧メーカーへの切り替えを後押ししています。

2.3. 三井E&Sが迎えるビジネスチャンス

(1) 価格競争から付加価値競争へ

従来、中国メーカーは圧倒的に安価で大量供給する競争力がありました。一方、三井E&Sは「メンテナンス性」や「安全保障対応」、さらに「脱炭素」などの付加価値を訴求し、米国港湾当局からの信頼を獲得しつつあります。結果的に、若干割高でも安全・高品質なクレーンを求めるニーズが高まっており、同社の追い風となっています。

(2) 米国内生産拠点の強化

三井E&Sは米国での最終組立や部品調達率アップを進めるため、数百億円規模の投資を検討中。これにより、アメリカ政府が求める「Buy America要件」を満たし、膨大なインフラ投資案件の受注を狙います。投資費用は短期的にEPSを圧迫するリスクもありますが、中長期的には大幅な売上拡大が期待できる見通しです。

2.4. 世界的な港湾クレーンリプレースの動き

米国だけでなく、欧州やアジア各国でも老朽化クレーンの更新や自動化・脱炭素クレーンへのリプレース需要が高まっています。具体的には、

  • オランダ(ロッテルダム港):2022年頃からZPMC製の古い機種を段階的に更新する計画が報じられています。
  • ドイツ(ハンブルク港):2023年に、環境規制対応と自動化推進の一環としてディーゼルRTGから電化RTGへの置き換えを発表。
  • シンガポール(PSA):2030年に向けて大規模な次世代ターミナル拡張を進めており、自動化クレーン導入で荷役効率化とCO₂排出削減を狙う。

こうした世界的リプレース需要を背景に、クレーンメーカー各社が価格競争力だけでなく安全性やサービス面で差別化を図る動きが加速。三井E&Sは米国事例を足がかりに、他地域でも信頼性やアフターサービスを武器にシェア拡大を図っています。

3. MODEC株売却──財務改革の要

3.1. 保有株式の売却で財務体質を改善

三井E&Sは長年、FPSO(浮体式石油・ガス生産設備)大手である三井海洋開発(MODEC)の株式を大量保有していましたが、プライム市場上場に必要な流通株式比率向上や財務健全化を目的として、2024年に二次売出し(セカンダリーオファリング)を実施。その結果、700億円超の売却資金を得て、有利子負債返済や優先株償還に充当しました。

3.2. 特別利益とEPSへの影響

MODEC株売却に伴い、三井E&Sは200億円超の特別利益を計上し、2024年度決算では純利益250億円・EPS255.73円を達成。2025年度も追加売却益が寄与し、会社側のEPS予想は一時376.7円に達しています。ただし、この大半は一時的な売却益によるものであり、来期(2026年度)以降はMODECの持分法利益が剥落する点に留意が必要です。

3.3. 成長投資と株主還元への活用

株式売却で得た資金は、負債圧縮米国クレーン拠点への投資に加え、株主還元(配当増額・優先株の償還)にも回されています。構造改革の結果、同社の自己資本比率は高まり、金利負担も軽減。これにより中長期的な成長投資の余地が生まれ、同時に配当性向を段階的に高める方針を打ち出しています。

4. 最新決算(2025年3月期 第3四半期)のまとめ

4.1. Q3累計で増収増益、純利益は大幅増

2025年3月期 第3四半期(2024年4月~12月累計)の連結業績は、売上高2,187億円・営業利益137億円・純利益352億円と増収増益となりました。特に純利益は前年同期比で約3.2倍の大幅増で、通期予想350億円を既に上回る勢いを示しています。
営業利益率こそやや低下気味ですが、経常利益率は持分法収益や金利費用減少の好影響で大幅に改善。累計のEPSは346.9円に達し、会社計画どおりの高水準となりました。

4.2. 業績予想の上方修正と背景

三井E&Sは第3四半期決算発表に伴い、通期純利益予想を350億円→380億円に上方修正。EPSも376.7円へアップデートされています。営業利益は据え置き(170億円)ながら、非営業損益が想定以上に改善する見通しを織り込みました。これには、

  • 持分法会社からの収益増
  • 有利子負債の圧縮による金利負担減
  • 為替差益
    などが寄与していると考えられます。また、港湾クレーン事業や舶用エンジン事業が堅調に推移しており、会社計画線上での進捗が確認されています。

4.3. セグメント別動向

  1. 港湾クレーン(物流システム)
    • 4~12月累計の売上高は前年同期比+36.8%増、営業利益も41億円(前年10億円)へ拡大。
    • 米国向け大型案件の納入が進み、採算も改善。通期予想の営業利益も当初30億円→50億円に上方修正。
  2. 舶用エンジン
    • 受注高が1,150億円と前年同期比+34%増。
    • 営業利益は62億円(前年50億円)へ増加し、通期予想を60億円→70億円へ上方修正。
    • LNGやアンモニア燃料対応など脱炭素エンジンの需要拡大が背景。
  3. インフラ機械・サービス等
    • 一部セグメントでコスト増や受注減少があり、営業損益が赤字に転落した部門も。
    • それでも全社合計ではプラスを確保し、舶用エンジンや港湾クレーンが補う形。

5. 今後3年間のEPS展望

5.1. 2025年度:会社予想EPS 376.7円の実像

通期予想EPSは376.7円という高水準ですが、その大半はMODEC株売却益などの一時的利益が押し上げています。会社側も本業(営業利益)に関しては170億円を計画しており、実質的なコアEPSは140~150円程度と考えます。
とはいえ米国クレーン事業や舶用エンジンでの受注好調が寄与し始めており、構造改革後の“安定収益”を確保できる体制に移行しているとも言えます。

5.2. 2026年度:MODEC特益剥落で一時的なEPS減少も

来期にはMODEC持分法利益が全面的に消失し、株式売却益も計上されないため、報告EPSは160~180円程度に落ち込む可能性があります。ただし、コア事業が伸長すればコアEPSとしては170円前後まで増加し、実質+10~20%の成長が見込まれます。米国投資の立ち上げ費用なども徐々に吸収し、コスト改善が進むことで利益率が安定化すると期待されます。

5.3. 2027年度:米国クレーン本格稼働で再上昇

2026年度以降、米国内でのクレーン組立が本格化し、北米向け大型案件が続々と売上計上される見通しです。また、舶用エンジンのアンモニア燃料エンジンが量産フェーズに入ることで高付加価値製品の比率が上昇し、収益性向上に貢献。結果、EPSは180~210円へと再上昇する可能性があります。一時的な売却益がなくとも、本業で年率10%程度の成長を実現できれば、投資家の評価はさらに高まるでしょう。

6. 株価動向と投資家の見解

6.1. 株主還元策の拡充

MODEC株売却による財務改善を受け、三井E&Sは配当の大幅増額や優先株の消却などを通じて株主還元を強化しています。2025年度の期末配当は前年の5円→20円へと4倍に拡大し、配当性向は15%水準に。将来的には20~30%への段階的引き上げも掲げており、株主還元余地の拡大が株価の下支え要因となっています。

6.2. 株価が横ばいに推移している背景

最新決算の上方修正や米国クレーン特需などポジティブ材料は多いものの、直近の株価は横ばいで推移しています。この背景として考えられるのは、

  1. 投資負担への懸念
    米国クレーン事業の現地生産拠点拡大には数百億円規模の投資が必要とされ、一時的にEPSを圧迫するリスクがあります。投資家はその回収期間や実需の確度を見極めようとしている可能性があります。
  2. MODEC特益の剥落
    2025年度までEPSを大きく押し上げてきたMODEC株売却益は、来期以降発生しない一時的要因。よって、2026年度EPSが報告ベースで急減する見込みがあり、来期以降の“コアEPS”成長に対する市場の評価がまだ定まっていない面があると推察されます。
  3. 足元の材料出尽くし感
    インフラ投資法や米国のセキュリティリスク回避など、ポジティブなニュースが一巡し株価に織り込まれた感があるため、新たな大型案件獲得など明確な追加材料を待っている可能性があります。

結果として、投資家は「米国での実需対応投資がどの程度効率的に実施されるか」「MODEC特益が剥落したあとでも安定的にEPSを維持・成長できるか」を見極める段階にあり、足元では株価の反応が限定的となっているようです。

まとめ

  1. 一時的EPSとコアEPSを区別
    2025年度EPS「376.7円」にはMODEC株売却益が大きく寄与。投資判断の際は、本業の収益力(EPS140~150円程度)をしっかりと見極めることが重要です。
  2. 米国港湾クレーン事業の実需と投資負担
    短期的に大規模投資が先行することで利益が圧迫される懸念もありますが、米国政府のインフラ政策やセキュリティリスクへの対応が進む限り、中長期的な需要は極めて大きいとみられます。
  3. MODEC特益剥落後の成長性
    2026年度以降は一時的利益がなくなるため、EPSが報告ベースで落ち込む公算が高い。しかし、舶用エンジンの脱炭素需要や米国クレーン受注が立ち上がる中、コアEPSで見ると10%前後の成長が期待できます。
  4. 財務体質強化と株主還元
    売却資金により有利子負債圧縮・優先株消却を進め、配当も一気に増加しました。株主還元策の継続強化が予想される一方、自己株買いについては現時点で正式発表はありません。今後の財務余力と経営判断に注目です。
  5. 株価横ばいの要因と今後のカタリスト
    足元では横ばいながら、今後は「米国での大型受注」「クレーン投資の実需確認」「舶用エンジンの脱炭素対応による新契約」などが明確に可視化されれば、再評価が進む可能性があります。

三井E&Sは過去数年の構造改革と財務再編を経て、港湾クレーンと舶用エンジンをコア事業とする体制へ移行しました。2025年3月期の最新決算(Q3)では、クレーンとエンジンが好調に推移し、通期純利益とEPSを上方修正。MODEC株売却による一時的利益が加わり、会社予想EPSは376.7円(据え置き)となっています。

しかし、この水準はあくまで特益を含む数字であり、本業ベースのコアEPSは140~150円程度と個人的には想定しています。

一方、来期以降、米国での大規模クレーン需要や舶用エンジンの脱炭素対応など、長期的な成長余地は大きいと期待しています。今日は昨日決算発表を受けて上昇を開始しているような株価推移ではありますが、今後の事業進捗をウォッチしていきたいと思います。

★この記事は個人の株取引のメモであり、登場する銘柄は売買を推奨するものではありません。


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