はじめに――「冷却」という地味なテーマに、なぜ石油会社が並ぶのか
AIブームの主役はGPUであり、半導体であり、データセンターだ――というのは、もはや誰もが知る物語になりました。けれども、その物語の足元で静かに肥大化している問題があります。「熱」です。高性能なAIサーバーは大量の電力を消費し、その電力はほぼそのまま熱に変わります。空気で冷やす従来方式(空冷)では追いつかなくなり、液体で直接冷やす「液冷」、さらにサーバーごと特殊な液体に沈める「液浸冷却(液侵冷却)」へと、冷却技術は進化の階段を上っています。
当研究所では先に、液冷・空調・電源系の主役級銘柄をまとめました。本稿はその第2弾として、いま個人投資家の間でも話題になりつつある「液浸冷却」に絞り、「誰が、何を、どこまで本当にやっているのか」を一次ソース(企業の公式発表・公的機関資料・決算データ)で点検します。SNS上では「液浸冷却関連」として多くの銘柄名が飛び交っていますが、関与の濃淡は驚くほど大きく、ラベルだけを鵜呑みにすると見誤ります。本稿はあくまで銘柄研究であり、売買を推奨するものではありません。
液浸冷却とは何か――そして、なぜ「冷却液」と「装置」に分かれるのか
液浸冷却は、電気を通さない絶縁性の特殊な液体にサーバーなどのIT機器を直接浸し、熱を奪う冷却方式です。三菱重工業の公式説明によれば、これは「フッ素系不活性液体などの絶縁性のある液体にサーバーなどのIT機器を浸す」次世代の冷却方式とされます(出典:三菱重工業 ニュースリリース mhi.com、2023/6/16)。空気よりはるかに熱伝導率が高く、冷却ファンが不要になるため、消費電力(PUE)を劇的に下げられるのが特徴です。三菱重工の実証では、サーバー冷却に使う電力を最大で9割以上削減できたケースも報告されています。
ここで投資家の視点として重要なのは、液浸冷却が大きく「冷却液(消耗する液体そのもの)」と「冷却装置・システム(液を循環させ機器を収める箱)」の2層に分かれる、という構造です。本稿はこの2層を軸に、一次ソースで関与が確認できた銘柄を整理します。
- 冷却液レイヤー:ENEOSホールディングス(5020)、コスモエネルギーホールディングス(5021)、出光興産(5019)。いずれも石油精製の技術を土台に、絶縁性冷却液を製品化・供給している(または技術協力しています)元売り3社。
- 装置・システムレイヤー:三菱重工業(7011)。液浸冷却システムそのものを自社開発し、実証から製品化まで進めている、装置側の本命。
なお「液冷から液浸へ向かう過渡期」という見方も、複数の報道で裏付けられています。空冷→液冷→液浸という進化の方向性が示される一方、液浸はコストと保守性(サーバーを液から引き上げて洗浄する手間など)が壁となり、普及はこれからの段階だとされます(出典:日本経済新聞、三菱重工 spectra.mhi.com 2024/3/19 ほか)。つまり「将来の大本命ですが、まだ業績の主役ではない」というのが、現時点の冷静な距離感です。
冷却液レイヤー①:ENEOSホールディングス(5020)
石油元売り最大手。液浸冷却の文脈では、絶縁性の冷却液を供給するプレイヤーとして一次ソースで確認できます。報道によれば、ENEOS製の絶縁性冷却液がデータセンター向け液浸冷却に採用される動きが報じられています(出典:日本経済新聞 2025/4/15、4/22)。ただし本業はあくまで石油精製・販売であり、冷却液はまだ「将来オプション」の段階です。
基礎データ(2026/6/12時点、出典:株探・IRBANK)
株価1,235.5円/時価総額3兆3,442億円/予想PER8.0倍(過去3年平均12.54倍)/PBR0.98倍/配当利回り2.75%/予想ROE12.32%。
EPSベースの想定株価(感応度分析)
会社予想EPS154.7円を起点に、PER水準ごとの理論株価を機械的に並べたものです。あくまで「現在地の確認」のための感応度表であり、目標株価の提示ではありません。
読み解き:PER8倍前後という低評価は石油元売りに共通する特徴で、業績は原油価格や在庫評価の影響で振れやすい点に注意が必要です。冷却液は現時点で業績寄与は軽微であり、株価の主因は依然として本業の石油事業と自社株買いなどの資本政策にあります。
冷却液レイヤー②:コスモエネルギーホールディングス(5021)
3社の中で液浸冷却液を最も具体的に「製品化」していますのがコスモです。冷却液「コスモサーマルフルード」を製品化したと報じられています(出典:日本経済新聞 2026/1/27)。元売りの中では事業の解像度が一段高い位置づけです。
基礎データ(2026/6/12時点、出典:株探・IRBANK)
株価3,571円/時価総額5,894億円/予想PER12.9倍(過去3年平均9.01倍)/PBR0.94倍/配当利回り4.62%/予想ROE7.26%/自己資本比率27.6%。筆頭株主は岩谷産業(19.76%)。
EPSベースの想定株価(感応度分析)
会社予想EPS277.1円を起点にした感応度表です。
読み解き:来期は最終減益予想で、EPSが下がる前提のため、平均PERを当てると現在値より下に理論株価が出ます。高めの配当利回り(4.6%前後)が下支え材料。冷却液の具体化という「材料」と、減益という「足元の業績」のギャップをどう見るかが論点です。
冷却液レイヤー③:出光興産(5019)
3社の中では液浸冷却への関与が最も間接的。データセンター運営の米企業への出資・技術協力という形が報じられています(出典:日本経済新聞 2025/11/26)。冷却液そのものの製品化というより、データセンター事業への布石という色合いです。
基礎データ(2026/6/12時点、出典:株探・IRBANK)
株価1,314.5円/時価総額1兆6,079億円/予想PER21.0倍(過去3年平均13.76倍)/PBR0.82倍/配当利回り2.74%/予想ROE3.91%/自己資本比率36.0%。サウジアラムコ系(Aramcoが7.76%保有)。
EPSベースの想定株価(感応度分析)
来期は大幅減益予想のため、予想EPS62.6円と前期EPS140.4円(平常時の参考)の両にらみで見るのが実態に近いです。
読み解き:来期の落ち込みを織り込むとPER21倍は割高に見え、平常時EPSで見ると割安に見える――という「業績の振れ幅の大きさ」がそのまま株価評価の難しさになっています。液浸関連は3社中で最も将来寄りの材料です。
装置・システムレイヤー:三菱重工業(7011)――液浸冷却の「装置側の本命」
SNSでは様々な銘柄が「液浸冷却関連」と称されますが、各社公式サイトを一次ソースで点検した結果、液浸冷却システムそのものを自社で開発・実証・製品化している主体として最も明確だったのが三菱重工でした。株探のテーマ欄にも「データセンター」「サーバー冷却」が正式登録されています。
三菱重工の公式発表で確認できる主な取り組みは次の通りです。2021/6にKDDI・NECネッツエスアイと液浸冷却装置の実証実験を開始、2022/3にコンテナ型での消費電力削減を実証、2023/6に「既存データセンターにも導入可能なラック型液浸冷却システム」を新開発(冷却エネルギー約9割減)、2023/9に米ZutaCore社(ダイレクトチップ液体冷却)へ出資、2023/10に液浸・空冷ハイブリッドのコンテナ型を開発――いずれも出典は三菱重工業ニュースリリース(mhi.com)です。装置側で、ここまで一次ソースが揃う企業は他に見当たりませんでした。
基礎データ(2026/6/12時点、出典:株探・IRBANK)
株価3,540円/時価総額11兆9,427億円/予想PER31.3倍(過去3年平均34.28倍)/PBR3.85倍/配当利回り0.82%/予想ROE12.3%/自己資本比率37.35%。
EPSベースの想定株価(感応度分析)
会社予想EPS113.1円を起点にした感応度表です。
読み解き:三菱重工は液浸冷却の「専業」ではありません。防衛・原子力・ガスタービン・航空など総合重機の巨人であり、株価を主に動かすのは防衛やエネルギー関連の受注です。液浸冷却は数ある事業の一つに過ぎず、業績インパクトとしてはまだ限定的です。「液浸の本命だから買い」という単純な話ではなく、PER31倍という重機としては高めの評価が、本業全体の成長期待で支えられている点を冷静に見る必要があります。信用買い残が積み上がっている(信用倍率31倍超)点も需給上の留意点です。
テーマ全体の強気材料・弱気材料(両論併記)
強気材料:AIデータセンターの電力・発熱問題は構造的に深刻化しており、空冷→液冷→液浸という技術進化の方向性は一次ソースでも裏付けられています。冷却液は石油精製技術と地続きで、元売り各社にとって既存設備・技術を活かせる新規領域。装置側では三菱重工が実証から製品化まで先行しています。
弱気材料:液浸冷却はコスト・保守性が普及の壁となっており、現時点では「過渡期・将来オプション」段階にとどまります。元売り3社にとって冷却液の業績寄与は軽微で、株価の主因は依然として原油価格に左右される本業です。三菱重工にとっても、液浸は数ある事業の一つに過ぎません。SNSで飛び交う「液浸冷却関連」というラベルは関与の濃淡を無視した粗いものが多く、ラベルだけで判断するのは危険だといえます。
結論――「冷却液×装置」で構造を捉え、業績の現在地を見失わないこと
液浸冷却は、AIの熱問題という構造的テーマに連なる魅力的な切り口です。ただし投資判断という観点では、「テーマの将来性」と「足元の業績」を切り分けて見ることが欠かせません。冷却液側の元売り3社はPER一桁〜十数倍の本業評価が主であり、冷却液はまだ業績の主役ではありません。装置側の三菱重工は本命ですが、液浸は巨大な事業ポートフォリオの一部に過ぎません。本稿のEPS感応度表は、いずれも「現在地の確認」のための道具であって、目標株価でも売買推奨でもありません。物語の熱量と、数字の冷静さ。その両方を手元に置いて、ご自身で距離を測っていただければと思います。
本記事の参照ソース(一次情報・データ)
- 三菱重工業「既存データセンターにも導入可能な『ラック型液浸冷却システム』を新開発」mhi.com(2023/6/16) ↗
- 三菱重工業 データセンターの脱炭素化・省エネ化(液浸冷却ソリューション)mhi.com 公式サイト ↗
- ENEOSホールディングス 公式サイトhd.eneos.co.jp ↗
- コスモエネルギーHD 公式サイトcosmo-energy.co.jp ↗
- 出光興産 公式サイトidemitsu.com ↗
※本記事は情報提供を目的としたものであり、特定の銘柄・売買を推奨するものではありません。投資の最終判断はご自身の責任でお願いいたします。将来の値動きや利益を保証するものではありません。
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📄 参考・出典
⚠ 免責事項
本記事は、公開情報(各社公式発表・公的機関資料・株探・IRBANK・日本経済新聞等)をもとにした銘柄研究・情報提供を目的としたものであり、特定の銘柄の売買を推奨するものではありません。記載の数値は執筆時点(2026年6月12日)のものであり、最新の情報は各社の決算短信・適時開示等の一次資料をご確認ください。投資の最終判断はご自身の責任でお願いいたします。

