DIC(4631)の半導体材料「ケミトロニクス」を徹底深掘り|エポキシ樹脂の優位性と2030年の株価を推測

富士通(6702)の株価分析|億り人研究所

この記事は2026年7月16日時点の情報に基づいています。本記事はDIC(4631)の半導体材料事業「ケミトロニクス」の深掘り編です。全社業績・直近決算・目標株価の基本分析は、DIC(4631)の目標株価分析記事をご覧ください。

目次

「インキの会社」の中にある半導体事業の正体

前回のDIC分析記事で、「AI半導体材料が利益を牽引している」と書きました。では具体的に、DICは半導体の何を作っていて、どこが強くいくら稼ぐ計画なのか。今回はそこだけを徹底的に掘ります。

キーワードは「ケミトロニクス」。DICがエレクトロニクス仕様の化学・素材を軸にした事業をこう定義し、2024年1月に製造・販売・技術を統合した専任の事業本部を新設して経営資源を集中している領域です。結論から言うと、これは扶桑化学のような「一品目の独占」ではなく、40年の蓄積と垂直統合で戦う多品目型の半導体材料事業です。そして会社は、この事業の利益計画と成長率目標を具体的な数字で開示しています。

製品ポートフォリオ:5つの武器

① エポキシ樹脂「EPICLON」+硬化剤(中核)
半導体封止材、電気積層板、ソルダーレジストなどに使われる高耐熱多感能エポキシと高機能硬化剤。封止材とは、衝撃・湿度・熱から半導体素子を守り、基板に実装できるようパッケージ化するための必須材料で、現在はエポキシ樹脂系が主流です。DICは国内最大のエポキシ樹脂メーカーであり、封止材メーカーや基板メーカーが使う樹脂・硬化剤の供給元、つまりサプライチェーンの川上に位置します。

② 高周波対応の低誘電樹脂
AIサーバーや5G/6Gの高速通信では、信号の伝送損失を抑える「低誘電」材料が基板に必須になります。経営陣が「利益を牽引する中核製品」に名指しする分野で、2030年に向けた成長投資の主対象です。

③ フォトレジスト用樹脂
半導体の回路パターンを焼き付けるリソグラフィ工程で使われるレジストの原料樹脂。先端半導体分野でのシェア拡大と競争力強化を狙い、カナダのレジスト樹脂メーカーを買収済みです。経営陣いわく「非常に高い利益率を持つ製品」で、成長が軌道に乗れば利益貢献が大きくなる分野とされています。

④ 工業用テープ
スマートフォンなどモバイル機器向けで、ハイエンド新機種への採用拡大が続いています。半導体そのものではありませんが、ケミトロニクスの利益柱の一角です。

⑤ 中空糸膜モジュール
フォトレジスト用樹脂と並んで「非常に高い利益率」と社長が言及する製品。半導体製造で使う薬液や超純水から気泡を除く脱気用途などで使われる、地味ながら堅い商売です。

優位性の源泉:「独占」ではなく「垂直統合×40年」

相反する特性を両立させる分子設計力

DICの技術優位を象徴するエピソードがあります。半導体パッケージでは、環境対応の無鉛はんだ(実装温度が高い)に耐える「高耐熱性」と、ハロゲン化合物を使わずに燃えにくくする「高難燃性」が同時に求められますが、この2つは相反関係にあり両立が困難でした。DICは原料であるフェノール樹脂の分子設計・製造から、それを使ったエポキシ樹脂の分子設計・製造までを同一工場で展開する垂直統合の強みでこの難問を解決し、さらに熱膨張率を抑えて基板の反りを防ぐ特性まで実現。この環境調和型エポキシは、世界の代表的なスマートフォンやパソコンに採用されています。

40年分の「要求仕様への回答」の蓄積

社長自身が競争優位性の源泉を独自の技術力とし、40年近く半導体製造工程用のエポキシ樹脂を手掛け、耐熱性・誘電特性・接着性などめまぐるしく変わる要求に応え、常に新たな製品へ進化させてきたと説明しています。半導体材料は、顧客の次世代品開発に原料段階から入り込む「すり合わせ」の世界。40年分の採用実績と顧客関係そのものが、新規参入者には買えない資産です。

正直な弱点:扶桑化学型の独占ではない

公平を期すために書きます。DICのポジションは、当サイトで分析した扶桑化学工業(超高純度コロイダルシリカで世界シェア9割)のような「代替不能の独占」ではありません。エポキシ樹脂や硬化剤には国内外に競合メーカーが存在し、価格・性能の競争は常にあります。ケミトロニクスの営業利益率目標が13.7%(後述)と、扶桑化学の営業利益率24.5%に比べて低いのは、この競争環境の違いを反映しています。DICの半導体事業は「独占の堀」ではなく「開発力と規模で勝ち続ける競争型」だと理解しておくべきです。

数字で見るケミトロニクス:会社が開示している計画

ここが本記事の核心です。DICはケミトロニクスの利益を決算説明会で具体的に開示しています。

年度ケミトロニクス営業利益備考
2024年度76億円(実績)事業本部発足初年度
2025年度84億円決算説明会時点の数値
2026年度93億円(計画)営業利益率13.7%をミニマム目標

補足すると、当初の中期計画では2026年度に100〜110億円を見込んでいましたが、R&Dテーマを事業本部に移管した際の追加コストで計画を93億円に置いています。また、ファンクショナルプロダクツセグメント(2025年度売上2,909億円・営業利益231億円)の利益のうち、「現在も将来も過半を占めるのはケミトロニクス」で「全体の7割程度」との社長発言があります。

そして長期の成長率。DICは2030年に向けて、低誘電基板や半導体パッケージ向け樹脂をCAGR(年平均成長率)10%で増加させる計画を掲げ、そのための設備投資を決定しています。全社では2026年度から始まった長期経営計画「DIC Vision 2030」Phase2で、AIが社会に統合される「AI融合社会」を定義し、半導体・バッテリー・フィジカルAIに経営資源を投じて2030年度に営業利益800億円超を目指す方針です(2026年度計画は560億円)。

DICケミトロニクス事業の営業利益推移とVision2030目標のグラフ

この計画は信じられるのか:Phase1の教訓

長期目標を評価する前に、過去を確認します。DIC Vision 2030のPhase1(2022〜2025年度)は順風ではありませんでした。当初800億円としていた2025年度営業利益計画は、インフレ・資源高・中国欧州経済の減退などを受けて2024年2月に400億円へ半減修正されています。「800億円」という数字は一度、未達で下方修正された過去があるのです。

一方で、見直し後の実行は計画を上回っています。2024年度は見直し後計画300億円に対し実績445億円と大幅超過、2025年度も計画400億円に対し480億円を見込む進捗となり、経営陣は「1年前倒しで計画値を達成」と説明しています。つまり、「大風呂敷を畳んでからは、約束を上回り続けている」のが現在のDICです。2030年800億円超という数字は、この改善実績の延長線上にあるか、それとも再びの大風呂敷か──ここが長期投資の賭けどころになります。

将来株価の推測:2030年目標が実現したらいくらか

ここからは、会社の長期目標を出発点にした思考実験としての株価推測です。通常の目標株価(6〜12か月)と違い、4〜5年先の話であり不確実性は格段に高い点をあらかじめ強調しておきます。

前提の整理:株価4,616円(2026年7月13日時点)、2026年度会社計画は営業利益560億円・純利益330億円(予想EPS約350円)。ここから2030年度営業利益800億円超が実現した場合、営業利益は約1.43倍。純利益が同率で伸びると単純化すれば約470億円、EPSは約500円前後という水準感になります(金利負担・税率・株数を一定と置いた粗い概算です)。

強気ケース:8,000円前後(現値比+73%)

前提:2030年800億円超を達成し、かつ利益構成に占めるケミトロニクス・電子材料の比率上昇で「化学株」から「電子材料株」へ評価が切り替わる。

EPS500円×PER16倍≒8,000円。低誘電樹脂・フォトレジスト樹脂・中空糸膜という高利益率製品群が育ち、ケミトロニクス利益率が13.7%からさらに改善していけば、電子材料メーカー並みのPERが正当化されるシナリオです。

中立ケース:6,000〜6,500円(現値比+30〜40%)

前提:目標をおおむね達成するが、市場の評価軸は「改善した化学株」に留まる。

EPS500円×PER12〜13倍≒6,000〜6,500円。利益は伸びてもインキ・顔料という祖業を抱えるコングロマリット割引が残り、PERの切り上がりは限定的というケースです。それでも4〜5年で3〜4割のリターンに配当(下限120円)が乗る計算になります。

弱気ケース:4,000円前後(現値比−13%)

前提:Phase1初期と同じく計画未達。営業利益650億円程度で頭打ちになり、「また大風呂敷だった」と評価される。

純利益380億円前後(EPS約400円)×PER10倍≒4,000円。長期目標の信頼が失われるとPER自体も切り下がるため、利益が今より増えていても株価は現値を下回り得ます。長期投資の怖さはここにあります。

推測のまとめと確認ポイント

ケース2030年頃の推測水準現値比前提
強気8,000円前後+73%営業利益800億超達成+電子材料株へ再評価(PER16倍)
中立6,000〜6,500円+30〜40%目標達成もコングロマリット割引残存(PER12〜13倍)
弱気4,000円前後−13%計画未達650億円程度・信頼低下(PER10倍)

この推測が絵空事にならないかを測る「進捗メーター」は3つあります。①ケミトロニクス営業利益が毎年の計画(2026年度93億円)を超えてくるか、②利益率13.7%目標の達成と改善、③低誘電・半導体パッケージ樹脂のCAGR10%が実際の売上で確認できるか。四半期・本決算のたびにこの3点をチェックすれば、強気・中立・弱気のどのレールに乗っているかが判定できます。

まとめ:DICの半導体は「触媒」であり「本体」ではない、まだ

ケミトロニクスの2026年度計画93億円は、全社営業利益計画560億円の2割弱にすぎません。現時点でDICの半導体事業は、業績の「本体」というより、PBR1倍近辺の低評価を「AI材料株」へ書き換えるための触媒です。

  • 強み:国内最大のエポキシメーカー、原料からの垂直統合、40年の採用実績、低誘電・レジスト・中空糸膜という高利益率の次弾
  • 弱み:扶桑化学型の独占ではない競争型、利益率はまだ13.7%目標、長期計画には一度の下方修正歴

それでも、CAGR10%の成長投資が実行され、Phase1後半の「約束を上回る」実績が続くなら、2030年に向けた中立ケース(6,000円台)は決して非現実的な数字ではありません。触媒が本体に育つ過程を、四半期ごとの93億円の進捗で見届ける──それがこの銘柄の長期の楽しみ方だと考えます。

データ・出典

  • ケミトロニクス計画値:営業利益2024年度76億円・2025年度84億円・2026年度93億円、利益率13.7%ミニマム目標、FP利益の約7割がケミトロニクス、フォトレジスト用樹脂・中空糸膜モジュールの高利益率言及(出所:DIC決算説明会 質疑応答/ログミーファイナンス書き起こし)
  • 長期計画:DIC Vision 2030 Phase2(2026〜2030年度)、2030年度営業利益800億円超、AI融合社会(半導体・バッテリー・フィジカルAI)への資源集中(出所:DIC公式サイト 長期経営計画・決算説明会)/低誘電基板・半導体パッケージ向け樹脂CAGR10%計画(出所:2025年度第2四半期決算説明会)
  • Phase1の経緯:2025年度営業利益計画800億円→400億円への見直し(2024年2月発表)、2024年度実績445億円・2025年度480億円見込みで見直し後計画を超過(出所:DIC「DIC Vision 2030の見直しに関するお知らせ」・決算説明会)
  • 技術・優位性:垂直統合による高耐熱×高難燃の両立・基板の反り防止・世界的スマホ/PCへの採用(出所:DICサステナビリティ特集「電子基板用エポキシ樹脂・硬化剤」)/40年の半導体工程向けエポキシの蓄積・ケミトロニクス事業本部新設(出所:日経ビジネス電子版SPECIAL・ニュースイッチ)/カナダのレジスト樹脂メーカー買収(出所:ニュースイッチ)
  • 2026年度会社計画:売上高1兆1,000億円(+4.5%)・営業利益560億円(+7.3%)・純利益330億円(+2.0%)・年間配当140円計画(出所:DIC 業績の説明)
  • 株価:4,616円(2026年7月13日時点・株探)

将来株価推測の前提と注意

  • 性格:本推測は会社の長期目標(2030年度営業利益800億円超)を出発点にした思考実験であり、通常の目標株価(6〜12か月)より不確実性が格段に高いものです。
  • EPS概算:純利益470億円は「営業利益560→800億円の伸び率を純利益330億円に単純適用」した粗い概算で、税率・金利負担・株式数は一定と仮定しています。会社は2030年度の純利益・EPSを開示していません。
  • 前提ケース:強気8,000円前後(EPS約500円×PER16倍)/中立6,000〜6,500円(同×PER12〜13倍)/弱気4,000円前後(EPS約400円×PER10倍)
  • 想定期間:2030年度に向けた4〜5年の長期

※本記事はあくまで個人の分析・見解です。投資判断は最終的にご自身の責任でお願いします。特定銘柄の売買を推奨するものではありません。

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