宇宙空間に打ち上げられる人工衛星やロケット上段部の残骸など、いわゆる「スペースデブリ(宇宙ゴミ)」が増え続け、宇宙利用の安全性が脅かされています。
そんな中、「宇宙ゴミ除去サービス」のパイオニアとして急速に注目を集めているのがアストロスケールホールディングス(以下、アストロスケール)です。
この記事では、同社が公開している最新の決算情報や今後3年間の業績見通しを、現時点でわかる範囲でまとめてみました。
1. アストロスケールの財務指標分析
1-1. 売上高・利益・EPSの推移と予測
アストロスケールの業績は、上場前から急成長する売上高と、大きな開発投資による赤字拡大が特徴です。下表は2021年4月期~2025年4月期(予想)までの主要財務指標をまとめたものとなります(数値は決算短信、IPO申請資料、会社計画などをベースにしています)。
決算期 | 売上高 (億円) | 営業利益 (億円) | 当期純利益 (億円) | 1株当たり利益(EPS, 円) |
---|---|---|---|---|
2021年4月期 | 6.51 | -48.95 | -48.93 | -73.0 |
2022年4月期 | 9.10 | -64.04 | -54.84 | -73.7 |
2023年4月期 | 17.92 | -96.65 | -92.64 | -111.2 |
2024年4月期 | 28.52 | -115.55 | -91.81 | -101.5 |
2025年4月期 (予) | 80.00 | -170.00 | -185.00 | -158.3 |
売上高の推移
- 2021年4月期の6.5億円から、2024年4月期の28.5億円まで、わずか4年間で約4倍の伸びを記録しています。
- 特に2024年4月期は前期比+59%もの成長を達成しています。
- 最新の2025年4月期計画では80億円(前期比約2.8倍)という非常に強気な見通しを発表しています。
この急成長の背景には、政府・民間からのスペースデブリ除去や軌道上サービスに関する契約を相次いで獲得できている点があります。
たとえば、英宇宙局(UKSA)のデブリ除去ミッション「ELSA-M」やJAXAと共同のロケット上段部除去プロジェクト「LEXI-P」など、複数の大型受注が控えており、2025~2027年にかけて順次打ち上げ・運用開始が予定されています。
上場時点で約300億円規模の受注残があるとも報じられており、今後数年間の売上に対する追い風が見込める状況です。
利益(損失)の推移
- 売上が急拡大する一方、営業損失・最終損失ともに拡大傾向。2024年4月期には営業赤字115.5億円、純損失91.8億円を計上。
- 2025年4月期はさらに赤字幅が拡大する計画(営業損失170億円、純損失185億円)が示されています。
- 同社は上場会見で、「政府との共同プロジェクトでは利益率がマイナスのものがいくつかある」と言及。最先端技術の開発費用が先行していることが主な要因です。
ただし、同社CFOによれば「年内には採算が改善する見込みがある」という趣旨の発言もあり、今後は民間向けプロジェクトが売上に貢献し始めれば収益性の改善が進む可能性があります。すなわち、先行投資の結果として赤字覚悟で受注した案件でも、技術・実績が蓄積されることで後続の高収益案件を取りやすくなる効果も期待できるのではないかと思います。
EPS(1株利益)と株主価値
- 2024年4月期はEPS -101.5円であり、2025年4月期予想はEPS -158.3円と赤字が拡大。
- 現在はPER(株価収益率)を算出できない状況ですが、上場での資金調達により財務体質は強化されていると考えられます(自己資本比率の向上、PBRは約6.6倍など)。
- 経営陣は「できるだけ早く損益分岐点に到達する必要がある」としており、2026年4月期に営業利益ベースでの損益分岐点達成を目標に掲げています。これが実現すれば、遅くとも2027年4月期頃には黒字化(EPSプラス転換)を果たす可能性が高いと考えます。
今後3年間の収支見通し
- 2025年4月期に売上80億円を達成し赤字ピークを迎えるとの計画。
- 2026年4月期には大規模開発費用の山を越え、赤字幅が大幅縮小→営業損益トントンに近づく。
- 2027年4月期には主要案件が収益化フェーズに入ることで営業黒字・純黒字転換の可能性大。
もっとも、技術リスクや契約通りの進捗リスクは無視できず、予定通りにミッションが成功しなければ計画ずれもあり得ます。順調にいけば「売上急拡大→赤字縮小→黒字転換」という急激なステージ変化がここ3年で見られる可能性がある、というのが現時点での大まかなシナリオではないかと考えます。
2. 競合企業・市場動向
2-1. 主要競合企業との財務比較
宇宙関連スタートアップとしては、たとえばispace(9348)やSynspective(非上場または独自市場)が挙げられます。これらもアストロスケールと同じく、売上数億~数十億円に対して数十億~100億円超の赤字を計上しており、大型投資期という点では共通しています。
- ispace: 2023年3月期の売上約9.84億円、最終損失112.87億円。
- Synspective: 2024年12月期見込みで売上高23.2億円、最終損失35.9億円。
アストロスケールの2024年期は売上28.5億円・純損失91.8億円という数字であり、売上規模ではトップクラスながら、赤字額も大きいのが特徴です。さらに海外では、スイスのClearSpace社(非上場)は欧州宇宙機関(ESA)から約8,600万ユーロの契約を獲得するなど、デブリ除去サービスに関する大型プロジェクトを抱えています。
長期的には大手航空宇宙企業の参入も想定されるため、技術開発と実績作りのスピード、そして十分な資金力を確保し先行者優位をどこまで活かせるかが競争上の焦点ではないかと思っています。
2-2. 市場全体の成長見通し
- 宇宙産業全体: 2030年までに約1兆ドル(現状の2倍強)に達すると見込まれ、衛星コンステレーションなど民間主導の宇宙開発が急拡大しています。
- スペースデブリ除去市場: 2021年時点で8~9億ドル規模とされるが、今後数年〜10年スパンで2倍~数倍に膨らむ予測もある。年率7~30%という幅広い成長率が見込まれており、不確実性は大きいものの確実に拡大方向にあるのは間違いないと言えます。
- 規制整備や官公需: G7や国連レベルで宇宙デブリ対策の議論が進み、日本政府も基本計画に基づき官民連携の実証に資金提供中。将来的に衛星オペレーターに対する「デブリ除去義務化」などのルールが導入されれば、市場の立ち上がりが一気に加速する可能性があります。
このような追い風により、アストロスケールは国内外で複数の政府機関や民間企業から受注を獲得中。事業領域自体が黎明期でありながら、需要が顕在化した際に大きな果実を得られるポテンシャルを秘めていると言えます。
3. 株価予測(EPSとPERを用いたアプローチ)
3-1. 現在の株価水準と評価指標
2024年6月のIPO時、公募価格850円に対して初値1,281円、最高1,581円まで買われる場面もありましたが、その後調整が入り、直近(2025年2月時点)では700円台半ばで推移しています。
EPSがマイナスのためPER算出は不可ですが、市場は将来の収益化を織り込んでいる可能性が高いと言えます。
3-2. PER水準の参考
- 一般的なサービス業平均PERは約20~25倍前後。
- ただし、高成長期待がある宇宙関連はPERが数十倍に跳ね上がることも珍しくありません。
- よって本稿では、PER 20倍(やや保守的)~40倍(成長株水準)を参考レンジとします。
3-3. EPSの将来予想と適正株価レンジ
- 同社は2026年4月期に損益トントンを目指し、2027年4月期ごろから純利益を生み出すと想定。
- 発行済株式数が約1.17億株であるため、例として純利益10億円ならEPS約8.5円、純利益30億円ならEPS約25円、純利益50億円ならEPS約42円となります。
これにPERレンジ20~40倍を乗じると、大まかな株価レンジは以下のように試算されます。
- 控えめシナリオ: EPS10円 × PER20~40倍 = 200~400円
- ベースシナリオ: EPS20円 × PER20~40倍 = 400~800円
- 強気シナリオ: EPS40円 × PER20~40倍 = 800~1,600円
現在の株価700円台は、EPS20~25円に対してPER30倍前後というイメージに近いとも考えられます。仮に利益成長が計画以上に進めば1,000円超えも十分あり得ますが、一方で進捗が遅れれば200~300円台へと調整が進むリスクもあり、上下に大きな振れ幅があると言わざるを得ません。
しかし、宇宙ビジネスはこれから大きく花開く分野。PER100倍というタイミングも出てくるかもしれません。いずれにせよ、伸びしろ十分な銘柄であるという事は間違いなさそうです。
4. DCF(割引キャッシュフロー)モデルによる株価算出
4-1. 前提条件の設定
- 長期目標: 経営陣は売上総利益率30%台半ば・営業利益率20%台半ばを長期目標に掲げています。
- シナリオ例: 2030年頃までに年間売上500億円規模、10年後(2035年頃)には営業利益率25%程度に達し、安定成長率2%へ移行。
- 割引率(WACC): 高リスクの宇宙ベンチャーである点を考慮し、10%前後に設定。
- キャッシュフロー: 2025~2027年は大きな負のFCFが続き、その後黒字化に伴いプラスのFCF転換というカーブを想定。
4-2. 企業価値の概算
- 2025~2027年の累積マイナスを差し引いたうえで、2030年以降の大きなキャッシュフローに期待する構造。
- 2035年を境に年間FCF100~125億円程度を創出と想定すると、ターミナルバリューはざっくり1,562億円(125億円÷(10%-2%))、これを現在価値に割り引くと大幅に目減りしますが、それでも合計すると企業価値700~900億円程度になる計算例が得られます。
これは直近の時価総額(約859億円)にほぼ匹敵、または若干上回るレベルです。強気に売上規模を上乗せすれば現在の株価以上の理論値になる一方、保守的に見積もったり割引率を上げると時価総額を下回り得るなど、DCF評価は前提条件に対して非常に敏感です。
4-3. リスクと考慮
- 技術・ミッション成功リスク: 1回のトラブルが計画全体に影響を及ぼし、信用失墜につながる可能性。
- 資金調達・財務リスク: 赤字期間が長引くと追加増資(株式希薄化)の懸念あり。
- 契約・規制リスク: 政府案件に依存している面があり、予算や政策変更で受注機会やタイミングが大きく変わる。
- 競合リスク: ClearSpaceなど新興企業だけでなく、大手航空宇宙企業の参入も将来的に考えられ、価格競争が激化すればマージン確保が難しくなる。
- 株価変動リスク: 新興市場のハイテク銘柄らしくボラティリティが高い。好材料で急騰する半面、開発失敗や計画未達などの悪材料で急落するリスクも大きい。
5. まとめ:今後3年間が“勝負どころ”の宇宙関連銘柄
以上の分析から、アストロスケールは「今後3年間で売上を急拡大しつつ赤字を縮小し、2027年頃には黒字化を実現する」というシナリオを掲げています。もしこれが順調に進めば、EPSのプラス転換と高PER評価が重なり、株価上昇余地は大きいと考えられます。
一方で、技術リスクや資金繰りリスクなど、さまざまな不確定要素がつきまとうのも事実。宇宙産業全体が拡大局面にあるため追い風は強いものの、計画の遅延や受注の伸び悩みが生じれば、株価の割高感が意識され調整する可能性もあります。
結論として、アストロスケールは「宇宙ゴミ除去」という黎明期の新市場で世界トップクラスのポジションを築き得るハイリスク・ハイリターン銘柄と言えます。投資家がこの銘柄を検討する際には、以下のポイントを重点的にウォッチすることをおすすめします。
- 受注動向:四半期ごとの新規契約、受注残の増減。
- 技術マイルストン:ミッションの成功・失敗や、開発スケジュールの進捗。
- 黒字化時期の動向:2026~2027年の損益転換が実現可能か。
- 資金調達計画:追加増資の可能性や、希薄化リスク。
- 宇宙産業全般の規制・政策ニュース:G7・国連・各国政府のデブリ除去義務化など。
最先端宇宙技術に資金を投じ、社会的にも大きな意義を持つ「宇宙環境の持続可能性」に取り組む企業として、今後も大きく注目されることは間違いありません。
一方、宇宙関連銘柄はロマンあふれるテーマなだけに、期待先行で株価が動きやすい側面があります。しかし、アストロスケールは政府案件を含む具体的な受注が数百億円規模に積み上がっている点で、単なる「夢物語」ではなく実ビジネスとしての進展を見せていることも事実です。
とはいえ、宇宙ビジネスならではの技術リスクや規制リスク、競合リスクは依然大きく、特にIPO後からしばらくはボラティリティの高さに注意が必要でしょう。将来性に賭けるには十分な魅力がある一方で、リスク許容度の低い投資家にはハードルが高い面もあります。
「スペースデブリの除去」という新時代の市場を切り開いていくアストロスケールが、果たして数年後にどのような姿になっているのか。官需と民需を取り込み、最先端技術を実装した“宇宙環境インフラ企業”として飛躍を遂げるか、あるいは想定外の困難に直面するのか――引き続き目が離せない存在です。
★この記事は個人の株取引のメモであり、登場する銘柄は売買を推奨するものではありません。