日本ケミコンの株式希薄化リスクについてまとめてみました。
はじめに
日本ケミコン(東証プライム・証券コード6997)では、2020年以降に複数のエクイティファイナンス(株式関連の資金調達)を実施しており、これらによる株式価値の希薄化リスクが指摘されています。本報告では、2020年以降の全ての株式発行・資本調達・希薄化施策(第三者割当増資、種類株式、新株予約権発行(ストックオプション等を含む)、転換社債など)の内容を網羅的に整理し、それらがEPS(一株当たり利益)に与える潜在的影響、発行済株式総数に対する希薄化割合、希薄化後のEPS試算、および株価への影響について分析します。
各施策の詳細や背景については、会社のIR開示資料や適時開示情報、四季報オンラインの記事、証券アナリストの分析レポート、報道資料などを総合的に参照しました。以下、時系列に沿って主要な資本政策とその希薄化リスクを解説し、最後にそれらの影響をまとめます。
2020年:第1回新株予約権の発行による希薄化
発行の経緯と概要:日本ケミコンは2020年9月、財務基盤強化と設備投資資金の調達を目的に、行使価額修正条項付の第1回新株予約権を第三者割当により発行しました。割当先はSMBC日興証券(※同証券とのファシリティ契約による資金調達スキーム)で、新株予約権4万個(各1個につき100株分、計400万株相当)の発行が決議されました。これは当時の発行済株式数(議決権数)の約**25%**に当たる規模であり、東京証券取引所の希薄化規制(25%ルール)に抵触しない範囲ながら大きな増資でした。
新株予約権の条件
当初行使価額は1株あたり1,691円に設定され、全て行使された場合の調達予定額は約67.7億円と見込まれていました。本新株予約権は株価下落時に行使価額が調整(引下げ)されるムービング・ストライク型であり、発行株数(400万株)が一定に限定されていたため、急激な希薄化を抑制しつつ資金調達の柔軟性を確保する狙いがありましたf.。発行時点での既存株主の議決権希薄化率は約24.7%と試算されています。
行使と資金調達結果
発行後、株価は需給悪化懸念から一時下落しましたが(いわゆる「増資ショック」)、新株予約権の行使は順調に進み、2020年12月初までに400万株すべてが行使完了しました。実際の行使価額は市場株価に連動して変動したため平均約1,387円となり、調達総額は約55.5億円(5,549百万円)となりました。この結果、発行済株式数は1,631万株から2,031万株程度へ増加し約24.5%希薄化しました。調達資金は主に子会社の製造ライン拡充など成長分野の設備投資に充当されています。
EPSへの影響
希薄化により株式数が約1.245倍に増加したため、理論上は同一の利益水準でEPSが約20%低下する計算になります(例:発行前後で利益が不変の場合、EPSが1株当たり100円→80円程度に低下)。もっとも、実際の2021年3月期(2020年度)は新株予約権行使により自己資本が増強されたこともあって財務健全性が改善し、その後の業績回復に寄与しました。2021年3月期の連結純利益は黒字転換し、EPSは大幅増加しています(前期は減損計上等でEPSマイナスでしたが、2021年3月期EPSは112.09円となりました)。そのため、新株予約権による希薄化がEPSに与えた影響は理論値ほど顕著ではなく、むしろ増資資金を背景とした事業拡大や財務改善効果がプラスに働いた側面もあります。
株価への影響
新株予約権発行の公表直後、既存株主価値の希薄化を嫌気して株価は急落しました(発表翌日の株価は前日比▲10%以上の下落となる場面がありました)と報じられています。しかし、その後は調達資金を投じた成長戦略の進展や業績改善を織り込み、株価は2020年4月の年初来安値957円から、発行完了後の2021年1月には2,000円超まで上昇する場面もありました。結果的に、「評判の悪いMS型新株予約権だったが本件は意味のあった発行」との市場関係者の評価も見られました。もっとも、増資発表から行使完了までの間は株価が行使価額にさや寄せする形で推移しやすく、既存株主にとっては希薄化だけでなく短期的な株価上値抑制要因ともなりました。
2021年~2022年:希薄化施策の不実施
2020年の新株予約権完了後、2021年から2022年にかけて、日本ケミコンは追加の株式希薄化を伴う資金調達を行っていません。事業収益の改善により2022年3月期には連結純利益が約121億円の大幅黒字となり(前期比+284%)、自己資本比率も向上するなど財務体質が強化されました。このため、当該期間は内部留保資金と銀行借入等で賄い、新株発行や転換社債の発行は実施されていません。役員・従業員向けストックオプション(新株予約権)についても、過去発行分はあるものの2020年以降新規の付与は見当たらず、既存のものも行使期限切れや権利放棄等で潜在的な希薄化効果は軽微な状況です(※実際、2023年3月期の潜在株式調整後EPS算定において考慮すべき新株予約権はない旨が有価証券報告書に記載されています)。
2023年:第三者割当増資(優先株式・普通株式)による希薄化リスク
発行の背景
2023年に入り、同社は再び大規模な資本調達を余儀なくされました。要因は、過去のアルミ電解コンデンサ国際カルテル訴訟に関連する和解金支払い等の特別損失計上です。2024年3月期(2023年度)業績予想は、当初95億円の最終赤字見通しから205億円の赤字へ下方修正される事態となり、これにより自己資本が大きく棄損する懸念が生じました。財務基盤の回復と成長投資資金の確保を目的に、同社は第三者割当による優先株式(種類株式)および普通株式の発行を決議し、2023年10月10日に公表しました。
増資の枠組み
今回の資本増強は二本立てです。1つはジャパン・インダストリアル・ソリューションズ(JIS)のファンドを引受先とするA種およびB種優先株式(種類株)の発行、もう1つは同社の持分法適用関連会社である韓国・三瑩(サムヨン)電子工業を引受先とする普通株式の発行です。優先株はA種10,000株・B種5,000株を各1株100万円の払込金額で発行し、総額150億円を調達。普通株式は約170万株程度(発行済株式の約8%相当)を発行し、約24億円を調達します。調達総額は174億円にのぼり、この資金で毀損した自己資本の回復を図るとともに、成長分野への設備投資(ハイブリッドコンデンサ事業強化、工場スマート化、研究開発等)に充当する計画です。
A種・B種優先株式の条件
いずれも無議決権の種類株式であり、一定の優先配当が付与されています(当初年率5.5%、2.5年後に7.5%に上昇)。A種優先株は発行会社(日本ケミコン)側が任意に現金償還できる権利があり、発行後いつでも一部償還(5,000株単位)可能という設計です。B種優先株については、2026年3月31日までは原則として会社側の現金償還か取得条項の発動による消却が優先され、JIS側が勝手に普通株への取得請求権を行使できない契約になっています。つまり、少なくとも2026年までは優先株が勝手に普通株化されることはなく、既存株主に即座の希薄化は発生しにくい仕組みになっています。
普通株式の発行条件
三瑩電子工業への第三者割当増資により発行される普通株式は、発行済株式数約2,019万株(2023年3月末時点)に対して約8.05%の規模です。発行価格は公表資料では明示されていませんが、公募増資ではなく取引関係強化のための戦略的な払い込みと考えられます(同社は三瑩電子に約30%出資しており相互に協力関係)。調達額24億円に基づけば発行株数はおおよそ170万~180万株規模と推定されます。
希薄化リスクの分析
本第三者割当増資は、優先株部分が株主総会特別決議案件となるほど大規模(希薄化率25%以上)です。優先株がすべて普通株に転換された場合、新たに交付される普通株式数は約2,002万6100株に達し、これは発行時点の発行済株式に対して希薄化率約99.19%(ほぼ2倍)に相当します。普通株式分(約8%)と合わせると潜在的には現発行株数の約2.07倍(希薄化率約107%)もの新株発行となる可能性があります。もっとも前述のように、会社側は優先株を現金で償還する選択肢を保有しており、急激な希薄化の回避を重視した資本調達策と位置付けています。実際の説明資料でも「大規模な資本性資金の調達を行いつつ、急激な希薄化を回避可能な種類株式による調達が最善の選択肢」と述べています。
したがって、将来的な希薄化シナリオは2通り考えられます:
①会社が業績回復させ優先株を償還できた場合
A種10,000株・B種5,000株の優先株を2026年までに自己資金または追加借入で買い戻せば、優先株は普通株に転換されずに消滅します。この場合、新規発行されたのは三瑩向け普通株の8%分のみとなり、希薄化は約8%程度にとどまります。例えば2023年3月期のEPS 112.09円に対し、新株発行後は発行株数が1.08倍となるためEPSは約104円程度にわずかに低下する試算です(利益一定と仮定)。
②業績低迷で償還できず優先株が全て普通株化した場合
2026年以降、残存するB種優先株(最大3,000株分と推定)が取得請求権行使により普通株へ転換され、A種も償還不能なら投資家と協議の上で普通株転換が行われる可能性があります。この最悪シナリオでは株式数が約2倍に膨らみます。利益水準が変わらない場合、EPSは半減することになります(例:EPS 112円→約56円に低下)。既存株主の持株比率も約50%に希釈され、経営支配権も大きく変動するリスクがあります。もっとも、優先株発行により財務改善が図られているため倒産リスクは低減しており、その点では既存株主価値の下支えになっています。JISも企業価値向上を評価して出資している経緯から、株式転換は株価や業績動向を見極めつつ慎重に行われると考えられます。
株価への影響
増資発表直後の2023年10月11日、株式市場はこの潜在希薄化をネガティブ視し、日本ケミコン株は大幅反落(急落)しました。具体的には、発表翌日に株価が前日比▲17%安となり年初来安値を付ける場面もあったと伝えられています(第三者割当増資による1株利益希薄化懸念が原因)。しかし、その後は優先株による即時の希薄化が回避された安心感や、調達資金による成長投資への期待から株価は徐々に持ち直しています。増資発表前と比べれば依然低水準にあるものの、2024年以降に業績回復が見込まれる場合には、新たに得た資本で収益拡大すれば希薄化分を十分補える可能性もあります。
理論株価の観点では、調達資金174億円は既存株主価値の希薄化要因である一方で、自己資本増強による財務安全性向上と将来の利益成長への投資と捉えれば、中長期的には株価押上げ要因ともなり得ます。JIS優先株は劣後ローン的な性格もあるため(少なくとも2026年までは資本性資金として信用力を下支え)、市場では「潜在的な株式希薄化リスクと引き換えに財務改善を得た」という評価になっています。
主な希薄化施策の一覧と比較
以下の表に、2020年以降の日本ケミコンにおける主要な株式関連資本調達策をまとめます。それぞれの発行手法、発行株数(または株式数増加割合)、調達額、希薄化率、EPSへの影響試算を比較しました。
| 発行時期(決議) | 資本調達手法 | 発行株式数・潜在株 | 希薄化率※1 | 調達額(約) | 希薄化後EPS※2 |
|---|---|---|---|---|---|
| 2020年9月(取締役会決議) | 第三者割当による新株予約権発行(行使価額修正型) ※行使先:SMBC日興証券 | 普通株式400万株(新株予約権の全行使で増加) (既存比 +24.5%) | 約24.5%希薄化 | 55.5億円 | 発行前を100とすると約80に低下 |
| 2023年10月(取締役会決議) | 第三者割当による増資: ・A種優先株10,000株、B種優先株5,000株(無議決権) ・普通株式(第三者割当)約170万株 | 優先株: 普通株換算で最大約2,002万株 普通株: 約170万株(既存比 +8%) | 最大約107%希薄化(既存比) ※優先株全転換時 | 174億円 (優先150億・普通24億) | 最小シナリオ:約92(優先株未転換) 最大シナリオ:約50(優先株全転換) |
| (参考) 2021~2022年 | 増資・転換社債発行なし (内部資金および借入金で対応) | (新株発行なし) | 希薄化なし | ― | ― |
※1 希薄化率=発行による新株式数÷発行前の発行済株式数。2023年優先株の希薄化率は全て普通株転換された場合の理論値。
※2 EPS影響は発行前を100とした場合の相対値(利益一定と仮定した理論上のもの)。実際のEPSは利益変動の影響も受けます。
上記の通り、2020年の増資では約4分の1の希薄化、2023年のスキームでは最悪ケースで発行株数2倍強(希薄化率約107%)という大きな潜在リスクがあります。2021~2022年は黒字計上で増資不要でしたが、業績悪化時には株主価値の希薄化を伴う資本調達が行われてきたことがわかります。
まとめ
日本ケミコンの過去数年間の資本政策を見ると、必要に迫られて希薄化を伴うエクイティ調達を行う局面がありました。特に2020年の新株予約権発行と2023年の優先株・第三者割当増資は、いずれも発行済株式数の数十%規模に及ぶ大きな希薄化リスクを孕んでいます。これらの施策により一時的に1株当たり利益(EPS)は低下し、既存株主の持分比率も減少しました。しかし、その資金注入によって財務の安定化や成長投資が可能となり、結果的に業績改善や企業価値向上につながった面もあります。
今後のポイントは、2023年発行の優先株式を適切に償還できるか否かです。償還が進めば既存株主の希薄化は軽微に抑えられますが、償還できず普通株転換が生じれば大幅な希薄化となりEPSも著しく低下するでしょう。つまり、同社の将来業績とキャッシュ創出力が既存株主価値の希薄化リスクを左右します。また、大規模な優先株発行により当面は自己資本比率が改善し信用力が維持される見込みである一方、将来的な普通株転換リスクは残存するため株価には完全には織り込まれにくい状況です。
以上の分析から、現時点で日本ケミコンの希薄化リスクは**「潜在的には大きいがコントロール可能」な状態にあると考えられます。経営陣としては既存株主の利益に配慮しつつ資本政策を遂行すると表明しており、実際に希薄化回避のための優先株償還や利益成長によるEPS向上が達成できるか注視が必要です。株主としては、資金調達による1株価値の希薄化と企業価値向上のトレードオフを理解し、中長期的な視点で同社の財務戦略と業績推移を見守ることが求められるでしょう。
ここまでまとめてみて現状日本ケミコンには以下2つのリスクがあります。
これらのリスクをどう考えるかですね。故にいまこれほどの数値を発表していても、株価がこの水準にいるという事なんだと思います。
これらリスクがすべてクリアになったら日本ケミコンの株価はあっという間に5000円を突破していくことになると思いますが、あとは結果とタイミングという状況。これを個々の投資家がどのように考えるか・・・だと思います。
個人的には、今年4月のトランプ関税ショックでつけた714円がボトムだとは思います。それでも最大約40%の下落リスクがあることになり、保有し続けるのが良いのかどうか判断に迷うところです。今期来期のV字回復で、2023年の優先株式を適切に償還出来れば、目先大きなリスクがひとつ片付くことになり株価は大きく上昇するのではないかと思います。その発表時期は近いのかもしれません。いや、早くても2026年に入ってからかな・・・。
・・・さて、これいかに。。。
★この記事は個人の株取引のメモであり、登場する銘柄は売買を推奨するものではありません。




